第26回:電子カルテによって医師の業務負担は軽減されたのか
■ 記事作成日 2017/12/13 ■ 最終更新日 2017/12/13
電子カルテの功罪を真剣に考えてみる
元看護師のライター紅花子です。
このコラムでは、私の約10年の看護師経験の中で感じた“医師として活躍するために必要な素質”について考えてみたいと思います。
今回は、少し唐突ですが「電子カルテによって医師の業務負担は軽減されたのか」について考えてみたいと思います。
電子カルテと医療現場の現在
実は、今から20年ほど前ですが、「電子カルテが医療を変える」という書籍が出版されました。
当時、新人看護師に毛が生えた程度のスキルだった私が「看護師」という職業から「IT技術者」を目指した、きっかけとなった書籍でもあります。
それから20年。現在ではほとんどの病院が電子カルテの導入を終えて、活用しているのではないでしょうか。
では実際に電子カルテが医療をどう変えてきたのか、今回は「電子カルテの導入は医師業務内容にどのような影響を与えたのか」という視点で考えていきます。
電子カルテを導入することはどのようなメリットがあるのか
医師にとって電子カルテを導入したことによる最大のメリットは、いつでもどこでも見たいときに患者のカルテが見られるということでしょう。
電子カルテ導入前は、カルテを確認する、あるいはカルテに情報を記録する際には、病棟へ出向く必要がありました。
それも看護師など誰かが記入していれば順番待ちとなり、記入までの時間は必要以上にかかっていました。
その点、電子カルテなら、パソコンのある環境であればいつでもどこでも好きな時にカルテを確認、登録することができます。
また医師によっては字に特徴があり「何が書いてあるのか、読めない」というケースも多々ありました。
その点でも、電子カルテであれば、文字は誰しもが読める形で出てくるため、「文字が読めず、指示内容を電話で確認する」という手間もなくなります。
さらに、電子カルテには薬のオーダー内容や、CTやMRIなどの画像検査の結果(画像)など、様々な情報が詰め込まれていますので、いくつかのボタンをクリックするだけで、患者の情報をすべて把握することも可能です。
薬のオーダーをするときでも、過去にオーダーした内容であれば、わざわざ再入力しなくてもオーダリングが可能となります。
これにより文字を書くという手間が省けるだけでなく、パソコンの画面内で医師同士、または他職種との情報共有ができるようになったということは、非常に大きなメリットであるといえます。
電子カルテはデジタルデータですから、仕組みさえしっかりしていれば、院外の医療者との情報共有も可能ですね。
特に地域医療に関係している医療者の中では、無くてはならないツールになっているのではないでしょうか。
電子カルテを導入したことによるデメリット
若い医師であればパソコンの使用に慣れていますが、ベテランの医師ではパソコンの使用に不慣れな医師も多くいます。
そのため、パソコンで文字を入力することに時間がかかってしまい、記入したい内容の半分も記入できない、必要な操作がなかなか進まないなど、かえって業務に時間がかかるようになったという医師も現実的に多くいます。
また、パソコンの画面を見る機会が増えたことによって、眼精疲労や視力の低下、中にはVDT症候群にまで発展してしまった医師もいるでしょう。
少し古いデータですが、厚生労働省が平成20年に行った調査によると、VDT作業による体への影響は、次のような状況にあるようです。
このデータはおよそ10年前のものですし、調査対象も医療者に限ったものではありませんので、医師の「電子カルテ入力による健康面での影響」と、必ずしもイコールではありません。
しかし、慣れないパソコン操作を繰り返すことで、このような健康面での弊害が出ている医療者もいると想像できます。
さらに、電子カルテには膨大なデータが入っており、パスワードでそれぞれの医師の記録情報は管理されます。
結果的に、パスワードをメモした紙を紛失した、ログアウトせずにパソコンの前を離れてしまったなど、電子カルテを悪用されかねない事態が起こっているのも事実です。
電子カルテとなったことにより、医師の健康面、そしてプライバシー管理の面では、デメリットになってしまう部分があると考えられます。
電子カルテ導入による仕事の能率は上がったのか
メリット、デメリットについて考えてきましたが、電子カルテの導入は医師の仕事にどのような影響を及ぼしたのでしょうか。
今から5年ほど前、東京医療保健大学の研究グループが、電子カルテを導入している病院と、電子カルテを導入していない病院との間で、医師の「間接的業務」に割く時間の違いがあるか、という視点での調査を行いました。
その結果、次のような違いが見られました。
電子カルテを導入した病院
- 医師の間接的業務に割かれた時間:1日あたり 平均3時間以上
- うち、電子カルテ操作にかかった時間:1日あたり 平均50分以上
電子カルテを導入していない病院
- 医師の間接的業務に割かれた時間:1日あたり 平均2.5時間以上
- うち、診療録の記録等にかかった時間:1日あたり 平均15分以上
これは、今から5年前の調査であり、調査対象がかなり限定的だったことから、現状とは少し違うのかもしれません。
しかし、電子カルテを導入すれば、医師の仕事の能率が格段に上がるかといえば、そこは疑問が残るところです。
電子カルテを導入したことが、医師の仕事の負担を大幅に軽減しているとは必ずしも言い難い結果、といえるかもしれません。
まとめ
電子カルテの導入は、医師の仕事負担を軽減させたとは言い難い結果が出ています。
情報共有という面では合格といえる電子カルテですが、作業負担という面ではまだまだ課題がありそうです。
実際、私が勤務していた医療機関では、患者さんの顔を見る時間よりも、パソコン画面に向かっている時間の方が長い、というシーンもたくさんありました。
しかし、電子カルテになったことによって、医師と看護師、他職種との情報共有が容易となったことは間違いありません。
医師の達筆すぎる字を解読するのに苦労していた看護師も多くいますから、間違いなく「カルテを読み解くことは楽になった」といえるでしょう。
今後、IoT技術等の発展により、電子カルテには「患者からのデータ」も取り込みやすくなるでしょう。
国も、遠隔診療にデジタルデータを用いることを後押ししているような形になっており、さまざまな分野に予算を割いています。
今後、電子カルテは単なる「情報の集積」から「情報の活用」へ変わっていくでしょう。
その時、医師として「情報」とどう向き合っていくのか。
医師としての「情報リテラシー」が問われる時代は、もう始まっています。
参考資料
総務省 未来投資会議 構造改革徹底推進会合 「医療・介護-生活者の暮らしを豊かに」会合 資料5
総務省における医療等分野のICT利活用について
http://www.kantei.go.jp/jp/singi/keizaisaisei/miraitoshikaigi/suishinkaigo_iryokaigo_dai1/siryou5.pdf
厚生労働省 平成20年技術革新と労働に関する実態調査結果の概況
http://www.mhlw.go.jp/toukei/itiran/roudou/saigai/anzen/08/02.html
医療情報学 32(2) 医師が電子カルテ操作に費やす業務時間に関する調査
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jami/32/2/32_59/_pdf
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