第4回:これからのクリニック運営(平成28年診療報酬に基づき考える)
■ 記事作成日 2016/6/6 ■ 最終更新日 2017/12/6
これからのクリニック運営
前回は、平成28年に改正された診療報酬を病院向けということで、いろいろ意見を述べてきました。今回は、無床診療所いわゆるクリニックに対する影響について、考えていきたいと思います。
何回も繰り返しますが、今回の診療報酬の目的は2025年に完結すると計画している高齢者・地域医療政策の前哨戦のような意味合いを持っています。そういう意味では、2年後の診療報酬改定は大きな意味を持ちます。
なぜなら、2年に1度の「診療報酬改定」・3年に1度の「介護報酬改定」、そして各都道府県が管轄する5年に1度の「医療計画」が30年ぶりに同時改定というかつてない大きなイベントが待ち受けています。
このタイミングは、厚生労働省としては2025年高齢者・地域医療対策への最後のアプローチとして、思い切った政策を打ってくる可能性が高いということです。その前哨戦としての意味合いが強い、今回の診療報酬改定については、クリニックの経営方針を変えざるを得ないものも見え隠れしています。
今回の診療報酬改定。クリニックの影響は?
外来診療が売り上げのほとんどを占めるクリニックにとって、人口が減るということは由々しき問題になってきます。特に都心部のクリニックにとって、就業人口減少という別の側面も考えなければなりません。
社会全体がICT技術によってクラウド・インターネット技術の発達により、会社に来なくても仕事ができる環境ができつつあるということです。例えば育児や介護の問題で自宅などで仕事ができる在宅就業や、コールセンターでさえ自宅でできるようになっています。
同じ時間に会社に勤務する意味がなくなり、つらい通勤地獄から解放されるため社員にとっては非常に好都合です。
しかし、これから就業人口が少なくなるということは、そのような社員を対象にしたオフィスビルのクリニックなどは、外来患者が減ることとを意味しています。
また、健康診断・人間ドック・予防接種等の自費診療にも影響してくるでしょう。このようなタイプのクリニックは、在宅診療にも移行しにくいため、早いタイミングで次の収入確保を考えなければいけなくなります。
一方、住宅街や人口密集地などのクリニックは、地域包括ケアシステムによる「在宅医療」「訪問看護」など、在宅医療に集中しやすいような、診療報酬体系に変化しました。
平成28年から2年間で、どれだけ外来診療から在宅診療に移行するのかを検証し、平成30年(2018年)を迎えるのではないかと考えられます。
今回の診療報酬改定では「在宅医療」関連の診療報酬体系を充実させ、ボクシングで言うところの「ジャブ」のような意味合いが強いのではないかと感じます。
在宅医療でのポイント
往診と訪問診療の違い
まず、整理していきたいのが、「往診」と「訪問診療」の違いです。診療報酬が結構違うので、釈迦に説法覚悟で確認しておきましょう。
- 往診:患者さんや家族の要請があって、臨時で訪問し診療を行うもの。(緊急・一時的なもの)
- 訪問診療:定期的・計画的に患者さん宅を訪問するもの。(慢性疾患などを患い、通院不可能な患者さんを定期的に診療目的に訪問するもの)
訪問診療は、計画的な訪問のため曜日や時間帯による加算は算定できません。一方、往診は緊急を要することが多く、「緊急往診加算」や曜日・時間によっては、「夜間加算」・「深夜加算」・「休日加算」などを算定できます。
今までは、日曜日・祭日は休んでいるクリニックがほとんどでした。その間の診療は病院にお任せのような形でしたが、これからは病院の勤務医負担軽減のために、軽度の場合はクリニックあるいは在宅診療での対応が迫られるかもしれません。
かつて、訪問診療がもてはやされた時代がありました。厚生労働省が、訪問診療を推奨し診療報酬を高く設定したため、非常勤医師が同一建物内の患者さんを健康診断のような診察スピードで訪問して、「荒稼ぎ」しはじめた医療機関が出始め、大問題になったことがありました。
慌てた厚生労働省は、次回の診療報酬改定時に診療報酬を大幅に下げたり、参入基準を高く設定したりした経緯があります。そのような紆余曲折があって、訪問診療に関する診療報酬に関して、地域包括ケアシステムを積極導入したい厚生労働省の主導で再スタートを切った感があります。
在宅医療関連環境の変化
在宅医療を受けた場合、「在宅時医学総合管理料(在総管)」・「施設入居時等医学総合管理料(施設総管)」が算定されます。今回の改正で、施設総管の居住場所が下記のように追加されました。
- 旧:養護老人ホーム・軽費老人ホーム・特別養護老人ホーム・特定施設
- 新:上記4施設+有料老人ホーム・サービス付き高齢者向け住宅・認知症老人ホーム
診療報酬については施設総管の方が低いですが、移行措置として今回追加された3施設についての算定は、1年間(2017年3月まで)猶予がつきました。つまり、1年間は施設総管ではなく、在総管として算定できるという「逃げ道」を用意しており、その間に在宅患者を増やさなければならないということが必要になっています。
また、今回の改定で「在宅緩和ケア充実加算」「頻繁訪問加算」など重症度に応じ点数評価することで、在宅医療に移行しやすい環境を整えようとする厚生労働省の意図が感じられます。手間のかかる小規模老人施設や個人宅などの在宅医療の点数を高めに設定し、地域包括ケアシステムへスムーズに移行しやすくしているのも特徴です。
また、訪問回数も緩和され、月2回以上の訪問がなければ「在医総管」が算定できなかったものを、月1回で算定できるようにしたりして、工夫が随所に見受けられます。
この制度をうまく利用出来れば、本来手間のかかる在宅医療を効率的に医業収益につなげられるようになります。特に移動距離の長い地方にとっては、在宅医療=コスト増になりかねないため、歓迎すべき改定ではないでしょうか?
在宅専門医療機関の参入
今回の改正は小規模な改正ですが、目玉のひとつとなりうるとすれば、この「在宅専門医療機関」の参入を認めたことではないでしょうか?
しかし、地域の開業医に気を使ってか、参入への障壁は決して低いものではありません。13項目にも及ぶ施設基準を設けており、2年間様子を見てから本格稼働するのが2018年というのが本音なのではないしょうか。
当初は、診療所なしでも参入可能とも噂されていましたが、最終的には「無床診療所」で外来も診療することや、地域医師会所属のクリニックとの連携、また往診や訪問診療を断らないなど細かいところまで施設基準を設けています。
かなり地域医師会を意識した内容であることは間違いないでしょう。これから始まる地域包括ケアシステムに関して言えば、これらの連携もシステムの一部であり、責任はお互いにあるという条件下で共存する構図になっていくのではないでしょうか?
【かかりつけ医・かかりつけ薬剤師等の新設】
かかりつけ医制度
病院では、急性期の絞り込みと退院支援強化が大きなポイントでした。そのため、在宅での診療を余儀なく移行される患者さんが多いということを物語っています。そのため、退院後の在宅医療が重要になってきます。かかりつけ医という制度の元、病院とクリニックが連携を取りながらケアしていくことが求められています。
しかし、肝心の「かかりつけ医機能評価」の活用は、決して順調とはいえないようです。逆に低調と言ってもよい状況です。今回の改定で、常勤医師数の緩和や認知症ケアを評価する評価項目などが新設されましたが、算定のインセンティブが低いと判断されていることもあってか、伸び悩んでいる状況です。
日本医師会もこの状況に迅速に対応し、「かかりつけ医機能研修制度」も早速始まりました。
今までどちらかといえば、専門分野に偏りがちな状況から「総合診療専門医」を育成するためのシステムがどのように動いていくのかが今後の焦点になりそうです。イギリスの医療制度がお手本になったこともあり、この流れは変わりそうにないような気がします。
かかりつけ薬剤師
「かかりつけ医」と同時に「かかりつけ薬剤師」制度もスタートいたしました。門前薬局を制御する目的ともありますが、非常勤薬剤師が多い昨今、薬局においてはややハードルの高い条件であることは間違いありません。
現役を引退した薬剤師を発掘し再雇用するなど、今後は女性の社会進出の流れとともに変わっていきそうな気がします。
しかし、本来の「かかりつけ薬剤師」が活躍を期待するフィールドは、在宅医療現場にあるような気がします。在宅医療と薬剤師を組み合わせることで、重複薬剤のチェック機能を果たし、医療費費抑制に歯止めをかける目的が大きいのではないでしょうか?
特に複数の疾患を持つ高齢者は、医療機関を受診している数も多く処方された薬剤も、製薬会社が違うだけで、効能等が重複しているケースが非常に多いと推測されています。
この意味で、在宅訪問する薬剤師のぞんざい価値は非常に大きいと考えられます。医療知識の乏しい高齢者に、薬剤の指導をする薬剤師がいることで、安心だけでなく医療費の削減が図れるいいとこどりということになります。
不必要な薬剤と必要な薬剤を見分けるだけではなく、指定された薬剤を指定した時間に服用しているかどうかも、かかりつけ医としても非常に気になるところです。
また、今回から新たに導入された「かかりつけ歯科医機能強化型歯科診療所」も新設されました。このように、地域包括ケアシステム実現のために着々と準備がされており、これからの医業経営の方向性を左右するような流れになっていくことは間違いないと思います。
来年(2017年)になればこの動きも活発化し、各都道府県の医療計画も固まり、2025年対策へ一気に加速するようなことになっていきそうです。それまでに、どのような準備をしていけばいいのか、各医療機関によって温度差は多少出てくると思いますが、その流れにうまく乗っていきたいものです。
【医療機関を取り巻く環境の変化】
離職率が高いのが常識?
上記に述べてきたように、地域包括ケアシステムの導入・病院から在宅医療への偏移等、社会的な側面が取りざたされていますが、それ以上に医療現場を支える医師をはじめとする医療従事者や事務職員等の職場環境の変化も起きてきていることがクローズアップされてきまています。
今に限ったことではありませんが、医療従事者の退職率が他の業界に比べて顕著であり、業務自体に問題があるのかあるいは、他に何か問題になることがあるのかということです。
特に、医療機関は大学病院医局制度や医師と頂点としたピラミッド型統率がた集団として他の業界と一線を画しています。
また、医療法をはじめ様々な規制的な性格を持つ法律があるため、完全な「規制業界」になっています。
例えば、企業が病院経営を認めていないため、民間企業ではスタンダードなマーケティングスキルやテクニックなどが導入しづらいのが現状です。特に人材育成や能力開発など、将来医療機関の将来を左右される人材の教育が「忙しい」という理由でおざなりにされているのが現状ではないでしょうか?
職員満足度調査の実施
そのような環境下において、各都道府県が病院の職員を対象にした、労働環境をバックアップする取り組みがスタートしています。
在職期間が短い、つまり入職退職を繰り返している医療機関職員に対して、安定的な職場環境を構築するにはどうしたらいいのかということを調査することからが始まっています。
今まで、黒子の存在だった職員全体で「職場の満足度調査」を実施し、それらの結果を分析した資料を理事長・病院長に報告し、理解してもらう活動を都道府県単位で始まっています。
今まで、医師や上司に言いたいことを言えなかったを吸い上げ、現在の職場環境を改善する道筋を作ることができれば、離職率も下がるのではないかという試みです。
しかし、その前提には民間企業同様、経営者(理事長・院長)の積極的関与・理解・賛同などの協力が必要となります。また、経営者の理解がないと、結局その調査・報告自体が形骸化し、時間とお金の無駄に終わるということになりかねません。
今後の医療業界の環境を考えるにあたって、医療機関が生き抜いていくにはスタッフ間のコミュニケーション・経営者の理念が、同じベクトルに向かわなければならないため、重要な取り組みだと思います。
参考資料
厚生労働省「平成28年診療報酬改定の概要」(2016年3月4日版)
http://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-12400000-Hokenkyoku/0000115977.pdf
この記事を書いた人
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