暗黒時代の終焉-近代医学への序章その2 血液循環説を唱えたハーヴェイ

知られざる看護・医療の歴史物語 暗黒時代の終焉-近代医学への序章その2 血液循環説を唱えたハーヴェイ

■作成日 2018/5/15 ■更新日 2018/5/15

 

このコラムでは、医学・医療・看護の歴史や、その分野発展の上でターニングポイントとなる「ひと」「こと」「もの」などを取り上げ、ひも解いていきます。

 

今回は『血液循環説を唱えた男―ウイリアム・ハーヴェイ』です。そこにはどのような歴史物語があったのでしょうか。

 

イギリスの転換期、大きく動いた時代

前回のヴェサリウスが離島で人知れず息を引き取ってから15年ほどのち、イギリス南部の資産家(商家)の家庭で、ひとりの男の子が誕生します。とても優秀だった彼は医師を目指し、医学を修め、1628年にわずか72ページの書物を発刊します。これこそが「血液循環説」を説いたもので、医学の歴史を大きく変えた書物でした。

 

彼の名はウイリアム・ハーヴェイ(1578~1657)。今では子どもでも当たり前に知っている「血液は全身を巡り、そしてまた心臓へ戻ってくる」ことを、世に知らしめた人物です。

 

ハーヴェイが生まれたのは1578年。この頃のイギリスは「絶対王政」の最盛期で、エリザベス1世の統治下の時代でした。

 

そして、ハーヴェイ誕生から10年後の1588年には、イギリス軍がドーヴァー海峡でスペインの無敵艦隊を撃破するという、世界の歴史を変える大きな出来事が起こります。

 

これによって、“弱小ないち島国”に過ぎなかったイギリスが、大英帝国としての繁栄をはじめ、海洋発展の基礎を築いていくという、転換期でもあったのです。

 

医学の名門大学に学ぶ

 

前回ご紹介した、新しい解剖学の時代をつくったヴェサリウスによる『ファブリカ』は医学界を大きく揺るがしました。しかし、それまであまりにも長い間、盲目的に信じられてきたガレノスの影響も、まだ根強く残っている時代です。

 

ただ、ヴェサリウスの死後、彼が教鞭をとっていたイタリアのパドヴァ大学では、彼の流れを引き継ぎ、弟子や孫弟子にあたる有能な解剖学の教授が登場、新しい発見を発表し続けていました。

 

そして、ヴェサリウスから数えて4人目にあたる教授に師事したのが、今回の主人公、ウイリアム・ハーヴェイです。

 

優秀な学生時代から、王室とのつながりへ

 

ハーヴェイの家は商家でしたから、本来であれば家業を手伝うのが当たり前の時代でした。しかし、他にも大勢の子どもがいたこと、彼自身が非常に優秀であったことなどから、医師になることを許され、医学の道を歩み始めました。

 

当時は、医科大学で学ぶこと自体が「ごく一部の限られた者」の特権のようなもので、商人の家の出など、輪をかけて珍しいことでした。

 

15歳でケンブリッジ大学キースカレッジに入学し、1597年には学位を取得、前述のイタリアのパドヴァ大学へ留学します。ヨーロッパの名門だったこの大学で、医学以外にも天文学や物理学の大きな影響を受け、1602年に学位を取得しイギリスに帰国します。

 

帰国後は母校であるケンブリッジ大学から医学の博士号を受け、王立医師会の会員に選ばれています。さらに聖バーソロミュウ病院の医長にも任命されています。

 

生年から計算すると、わずが25歳前後。そんな若輩がすでに有名施設の名誉ある職に抜擢されていることからも、その優秀さや厚遇さを垣間見ることができます。

 

彼はまた、ロンドン医師会からの開業許可も得ていました。プライベートでは、エリザベス1世のかつての侍医の娘と結婚しています。

 

同じころ王立医科大学の特別研究員となり、定期的に外科の講義もおこなっていました。結婚相手がかつての侍医だったことからのつながりでしょうか、ハーヴェイと王室・国王との距離はどんどん近くなっていきます。

 

王室付の医師から、1618年にはジェームズ1世の侍医に、1625年にはその後継者であるチャールズ1世の侍医に、1631年には常任侍医となり、国王の忠実な支持者として生涯を送ることになります。そして時代の渦へと巻き込まれていくのです。

 

遂に発表された名著

 

既に国王の侍医となっていたハーヴェイが1628年に発表した『動物の心臓ならびに血液の運動に関する解剖学的研究』(略して『心臓の運動』と呼ばれる)は、医学界にセンセーションを巻き起こしました。

 

この書物では心臓の運動について、体系的かつ実証済みの事実が述べられていました。古来より「神のみぞ知る」と不可侵の領域であった心臓に踏み込み、弁の動きや左右心室の運動の機序を明らかにしたのです。

 

知られざる看護・医療の歴史物語 暗黒時代の終焉-近代医学への序章その2 血液循環説を唱えたハーヴェイ

 

この書物には、おおよそ次のような事柄が記されています。

 

  • 心臓が収縮、拡張し、それに伴って血液が心臓に入り、出ていくこと
  • 脈拍は心臓の拍動と連動して起こること
  • 二種類の循環(体循環と肺循環)があること
  • 大動脈を経て右心室に入った血液が、肺動脈を経て肺に入る
  • 肺から肺静脈を経て左心室に血液が入る

 

その研究は解剖に次ぐ解剖、実験に次ぐ実験が積み重ねられており、20年以上もの時間をかけて『心臓の運動』は作成されました。昆虫から哺乳類に至る多数の動物(60種類とも128種類とも)を解剖し、ひたすらに構造を観察する手法がとられていました。

 

そこには推測を最小限にとどめ、非常に謙虚で慎重な態度がみられるといい、事実そのものの価値や真実の持つ力を強く信じた自信が感じられるとする研究者もあるほどです。

 

知られざる看護・医療の歴史物語 暗黒時代の終焉-近代医学への序章その2 血液循環説を唱えたハーヴェイ

 

実はこの12年ほど前、ハーヴェイは己の導き出した結論を、ロンドンでの講義の間に発表し、周りの反応を見ました。これを書物として発表すれば、この時代の医学界で信じられていた「ガレノス説」を覆すことになり、非難を受けることを想定していたためです。

 

もちろん、たくさんの批判を受けましたが、ハーヴェイはそれすらも「血液循環説」を発表する原動力としたのです。

 

大発見のその後

 

この頃のイギリスは、絶対王政のピークが過ぎ、混乱の時代を迎えていました。いわゆる「ピューリタン革命(清教徒革命)」が勃発する頃です。ハーヴェイは王室との関連が深く、革命が始まったときにも前線にいて、炸裂弾を浴びながら2人の王子を守ったといわれています。

 

チャールズ1世らとともにオックスフォードに移ったハーヴェイは、ボイル※やフック※といったオックスフォードの学者たちと交流し、実験重視の姿勢を徹底的に叩きこみました。

 

これらがイギリスの「実験を重視する」科学的な伝統の始まりと言われていますから、ハーヴェイはのちの世代にも大きな影響を与えていたのです。そんなハーヴェイは

 

“われわれが知っていることなど、まだわかっていないことに比べればほんのわずかである”

――医療の歴史―穿孔開頭術から幹細胞治療までの1万2千年史 より

 

という言葉を残しているのだそうです。

 

1648年末にチャールズ1世が処刑されると、王制から共和制へと変わります。1650年には議会が国王派の人物をロンドンから追放しました。ハーヴェイも当然、国王派の一人として数年間、追放されています。しかしその翌年の1651年には「動物の発生」を発表しました。

 

晩年には医学への功績が認められ、ロンドンに戻ったハーヴェイは医師会に復帰して名誉を回復しました。

 

その後のハーヴェイは、「動物の発生」の発表から5年後の1657年、脳出血でこの世を去るまで、ロンドンで隠居生活を送っていたといわれています。

 

※ロバート・ボイル(1635~1703)・・・自然哲学者、化学者、物理学者、発明家。王立協会フェロー。「ボイルの法則」で知られる。近代科学の祖とされる。
※ロバート・フック(1627~1691)・・・自然哲学者、建築家、博物学者。王立協会フェロー。「フックの法則」や生体の最小単位を「cell(細胞)」を名付けたことでも知られる。

 

おわりに

知られざる看護・医療の歴史物語 暗黒時代の終焉-近代医学への序章その2 血液循環説を唱えたハーヴェイ

 

医学の流れを大きく変えた人物の人生後半は、このような苦しい生き方を強いられる人生でした。一人の人生としては、その波の振り幅の大きさに驚かされます。

 

しかしそのような生活の中でも研究することを忘れず、新しい発表をする姿勢に、ハーヴェイの執念のようなものを感じるのではないでしょうか。

 

 

参考資料

 

1.医療の歴史―穿孔開頭術から幹細胞治療までの1万2千年史
スティーブ・パーカー 著
千葉喜久枝 訳
創元社 2016年1月1日 第1版第1刷

 

2.医学の歴史大図鑑
スティーブ・パーカー 監修
酒井シヅ 日本語監修
河出書房新社 2017年10月30日初版

 

3.医学史名著解題⑫
ウイリアム・ハーヴィ
『動物の心臓ならびに血液の運動に関する解剖学的研究』
順天堂大学医学部医史学 酒井シヅ
https://www.jstage.jst.go.jp/article/igakutoshokan1954/34/2/34_2_97/_pdf/-char/ja

 

4. ファブリキウスの「静脈弁について」:ハーベイ没後 350 年を記念して
自然科学研究機構生理学研究所 解説共著および「静脈弁について」日本語訳 村上 政隆
日本生理学会 日本生理学会雑誌 Vol. 69,No. 2 2007
http://physiology.jp/wp-content/uploads/2014/01/069020054.pdf

 

5.医学は歴史をどう変えてきたか:古代の癒やしから近代医学の奇跡まで
アン・ルーニー 著
立木勝 訳
東京書籍 2014年8月30日初版

 

この記事をかいた人


紅 花子 (べに はなこ)
正看護師歴10年、IT技術者歴10年という少し変わった経歴をもつ。現在は当研究所所属ライターとして、保健医療福祉分野におけるライティング業を生業としている。この分野であれば、ニュース記事の執筆・疾患啓発・取材・書籍執筆・コンテンツ企画など、とりあえずは何でも受ける。東京都在住の40代、2児の母でもある。好きなマンガは「ブラック・ジャック」。

 

 


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